英語も話せないし飛行機も苦手、それでも個人手配で海外旅行

交通費嫌い。飛行機は苦手だけどヨーロッパ大好き。空港ラウンジ目的でSFC修行済み。休暇の取れない勤め人。

【ベトナム】ハノイ市内観光/チャンクオック寺~タンロン遺跡

2024年(令和6年)11月3日(日)

 

来年のANAダイヤモンド会員継続を確実にするため、ベトナムの首都ハノイへ飛んでいます。前回は2-3泊目のインターコンチネンタル ハノイ・ランドマーク72の朝食ビュッフェについて書きました。

fuwari-x.hatenablog.com

 

中心部から離れたところに泊まっていますが、Grabタクシーを使えば観光地へ行くのも容易です。交通費嫌いの私が珍しくGrabを気に入っているのは、クアラルンプールでとても便利だったから。これから行く場所の位置関係を載せておきましょう。左端にホテル。2日に行ったのがオレンジの下線、これから行くのが赤の下線の場所です。西湖に浮かぶチャンクオック寺まではGrabタクシーで約35分。チップ込みで800円強です。

 

ハノイ最大の湖である西湖に浮かぶチャンクオック寺は、ハノイ最古の仏教寺院でハノイのシンボル的存在です。

 

6世紀ごろ、当時は別の場所に建てられていましたが、1616年ここに移転しています。

 

入場料は不要。露出の高い服での入場はできません。ローブを借りて巻いている人たちも見かけました。

 

中へ入ると仏塔が見えてきます。六角形の蓮の形をした棟は11階建。10年ほど前に再建されています。

 

仏塔を横目に、まずは奥まで歩いていきます。

 

こちらが本堂。

 

ここには三世三仏の思想のもと、生まれる前の世界から送り出してくれる薬師如来、現世で指導してくれる釈迦如来、死後浄土へと導いてくれる阿弥陀如来をはじめ、様々な仏様やベトナムの英雄などが祀られています。

 

本堂の正面にあるこの菩提樹にはお百度参りのような役割があるのか、手を合わせながら何周も回っている人たちもいました。1959年にインドの大統領から寄贈されたものだそうです。

 

水盤に岩山があるのはヌイノンボ(仮山)といって、悪い運気が本堂に入らないように置かれたもの。そこに御座す真っ白な仏像を拡大してみると、左手には下に向けた水瓶(すいびょう)を持っていました。持ち物にはそれぞれ意味があるのね。如来は悟りを開いているので、もはや道具が不要で手ぶら(薬壺を持つ薬師如来を除く)菩薩は大衆を救うためにアイテムを持っていることが多く、水瓶は穢れを払い欲望を抑える役目があるんだって。だからこれは菩薩像ということなのかな。手の形にも意味があって、そのジェスチャーは印相と呼ばれているそう。知らなかったな~

 

黄色い建物には寄進した人の名前が書かれた石碑が入っています。

 

背の低い塔は墓塔で、歴代の住職の遺骨が納められているそう。仏塔にはすべての面に如来像が納められています。これらが阿弥陀如来だと書かれているものも見たのですが、あれこれ画像を検索して印相を見ると釈迦如来かも。なんの区別も知らずにいたけど、仏像にはまる人の気持ちがちょっとわかるわ。

butsuzo-nyumon.com

 

低い塔もあって、中にはそれぞれ螺旋線香が入っていました。

 

西湖を渡って戻ります。周囲には多くのリゾートホテルが建っています。ハノイでもっとも美しい湖として知られているそうですが、水も濁ってきれいじゃないよ。手前に白っぽく見えるのは魚の死骸で、あちこちに浮いていました。

 

それでもチャンクオック寺はいい場所にあるし、こじんまりしているけど日本のお寺とはまったく違っていて、これから先にも続く興味が残りました。

 

湖畔では様々なものが売られていましたが、お花屋さんは結構人気。写真好きの人な人が多く、あれこれポーズを取っていました。若い子たちだけじゃないのよ。

 

ここから南下していくと、ホーチミンホーチミン、一本足で立つ一柱寺などへ行き着けるはずだったので歩いてみました。政府機関が並ぶ区域です。GoogleMapによるとベトナム共産党中央局

 

1906年に完成したフランス領インドシナ総督のために建てられた大統領官邸。現在は正式なレセプションと州のイベントにのみ使用されているようです。

 

党中央外交委員会の建物は、フランス人が学校として使用していたもの。

 

このバーディン広場を突っ切ればホーチミンが近かったのに、広場は立入禁止で大回りしなくちゃいけないのが誤算でした。左に小さく見えるテントの下に警備の人が立っています。

 

そして左側に大行列が見えます。正面のホーチミンの下がその入口のようで、どうやらホーチミンに行くにも一柱寺へ行くにも、ここからしか入れないっぽい。確かめに行くには遠すぎるし、並び過ぎ。

 

ホーチミン廟を正面に見るようにバーディン広場に向かって立っているのが国会議事堂

 

ホーチミン家の建築がとても興味深そうだったので行きたかったのですが、バーディン広場は本当に広かったのでめげてしまい、違う目的地へ向かうことにしました。この黄色い建物は外務省。というか、黄色い建物が多いわ。

 

国会議事堂の反対側へ回ってきました。これも政府機関ばかりなので遠回り。金色に輝くのはバクソン記念碑ベトナム祖国の独立と自由のために犠牲となった英雄と殉教者を追悼する記念碑で、観光客が立ち入ることはできません。

 

タンロン城跡が見えてきました。こちら側にもチケット売り場があったのですが、私が行きたかったのはその先にあるキンティエン宮殿だったので通り過ぎます。

 

こちらがキンティエン宮殿の入口。でも入ってみるとチケット売り場は通りの向かいだと言われました。

 

道を挟んでチケットセンターがありました。入場料は70,000VND(420円)、もちろん現金です。

 

ところが、どこからどう回ればいいのかちっともわからないのです。チケットセンターの方にも瓦やレンガの説明などがあり遺跡っぽい。

 

さらに先には発掘調査をしているらしい場所もありました。

 

発掘調査に興味はないので、キンティエン宮殿の方へ向かいます。ところが大人数で撮影会をしている学生群があちこちにいて、通るのも憚られるぐらい。仕方がないので穴場と言われているベトナム戦争時に本部を置いていたという地下室を探してみました。

 

建物自体は改修中で囲まれていましたが、これがD67号館と呼ばれる建物なのでしょう。一見、軍事的要素のない建物としてカモフラージュし、地下に60cm厚の防音壁や補強された入口など、防御設備を備えています。

 

そしてここには、政治局や中央軍事委員会、国防省参謀本部などを置いていたようでした。

 

こちらは通信室だったのかな。

 

D67号館の隣の階段を上がるとタンロン城跡が見えます。タンロン遺跡は1010年から1804年まで歴代の王朝が居城し、のちにフエへ遷都するまで都を置いていたという場所です。約800年の間に築かれた様々な王朝時代の遺跡が残っているのが特徴で、タンロン城跡もそのひとつ。

 

ここから各所に建物があり、展示物なども見られたのですが、なにぶん言葉がわからないのと散々歩き回ったのとでそろそろ疲れてきました。加えて撮影者が多くて(右にアオザイ軍団も見えますね)歩きにくかったこともあり、キンティエン宮殿のことはすっかり忘れて帰路についてしまいました。

 

考えてみるとタンロン城跡とキンティエン宮殿もタンロン遺跡群として入場できるのは当たり前のことで、通り過ぎたはずの敷地に入れてしまいました。ここでも何組もの撮影会が行われています。時期的に入学式?でも羽織っているのは卒業式のローブのようでした。

 

帰宅後に調べてはじめて知るというパターンは私の旅行にはよくあることで、そもそもここがハノイで唯一の世界遺産ということも知らなかったので、こんな間抜けな見学となってしまったのでした。5つの入口がある堅牢な石造りの瑞門は皇帝の住む敬天殿へと通じる門として重要な見学箇所で、身分によって通れる入口が決まっていたんですって。この門の中でも自撮りしている子がいたな。

 

Grabタクシーを呼んで戻ります。ホテルまでは30分、チップ込みで700円弱でした。バイクに囲まれて走るので緊張しますが、Grabは本当に安くて便利です。

続く 【ベトナム】JWマリオットホテルハノイ散歩&地元スーパーで買い物

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