2025年(令和7年)8月6日(水)
今年の夏休みは5泊で東欧を回りました。前回はブルガリアの首都ソフィアで宿泊した5つ星ホテル、GRAND HOTEL SOFIAの部屋をご紹介しています。
これから暑くなる13時という時間帯ですが、少しは観光しておかないとソフィアには2泊、夜発フライトで移動なので2日半の短い滞在です。宿泊したホテルはThe City Gardenという公園の一角に位置し、Sofia City Art Galleryに隣接していました。

ホテルへの道中にも彫刻が並んでいます。一方が男性ならもう一方は女性だろうと思いきや、胸がえぐれてる。

評判の良い美術館だったので見てみたかったのですが、現地通貨を出したくなかったのでパスしています。2026年からはユーロになるけど、この時点ではまだレフ。空港のATMで操作したところ、キャッシングの最低金額が500BGN(44,000円)もの高額だったの。操作ミスだったのか、空港だったからか。

セルディカ駅のそばを東西に走るメインの通りは、正面にある旧共産党本部の国会議事堂を挟んで道が分かれます。

国会議事堂に相対するように立っている像は2000年に設置された街のシンボル、聖ソフィア像。高さ16mの台座の上に立つ約8mの像で、王冠は権力、右手の花輪は名声、左手のフクロウは知恵を表しているそうです。それまではレーニン像があったんだって。

セルディカ駅の向こうへ渡るために下へ降りると聖ペトカ教会があります。

ソフィアで見た教会は、いくつかが半地下部分にありました。ブルガリアがオスマン帝国(現トルコ)に支配されていた当時の教会で、第2次世界大戦後に発掘されたそうです。

ごく小さい教会で、中を覗いてみましたがほんの数人入れるぐらい。石と煉瓦で造られた外壁は1mもの厚みがあるということです。

セルディカ駅には地下鉄工事によって偶然発見されたセルディカ遺跡が併設されています。ガラス張り部分など一部は有料ゾーンのようですが、ごく普通に歩いて通れる遺跡です。

「セルディカ」というのはソフィアの旧名で、紀元前2,000年に、温泉周辺の地域に定住したトラキアの部族セルディによって設立されました。

西暦 1 世紀に、重要かつ戦略的な場所と鉱泉を高く評価したローマ人によって征服され、当時のローマ皇帝マルクス・ウルピウス・トラヤヌス(在位98-117 Marcus Ulpius Trajanus)の名を一部取ってウルピア・セルディカと呼ばれるようになりました。

また、コンスタンティヌス大帝(在位306-337)は「セルディカは私のローマだ」と言うほどお気に入りで、コンスタンティノープル(現イスタンブール)に東ローマ帝国の首都を移すという決定が下された場所であり、建設までセルディカから君臨していたそうです。

左にある建物は政府機関や図書館などが入っていましたが、近年までツム(TZUM)百貨店が営業していたようです。中心部にはショッピングモールがなかったので、あると便利だったのだけど。ちなみに緑のドームの建物が後述する聖ネデリャ教会で、その後ろに見える山がヴィトシャ山で、これも後日登場します。

セルディカ遺跡を抜けるとバニャ・バシ・ジャーミイ(Banya Bashi Dzhamiya)が見えてきます。865年にキリスト教を国教として採用して以来、大多数のブルガリア人はキリスト教徒。たdさオスマン帝国に支配されていた流れからトルコ人住民も約1割おり、そのメインの宗教はイスラム教。

ただ、ソフィアにあるモスクは16世紀のオスマン帝国時代に建てられたここ1ヶ所だそうです。無料で入れることまでは調べていましたが、欧米人観光客が入口であれこれ説明を受けていたようだったのでパスしました。

モスクの手前にある路面電車は、なんと観光案内所。当初は休憩所かと思っていました。

その手前の道路にはトラムが走っています。縦横無尽にトラムの路線があり、これを駆使すれば猛暑でももっとあちこち行けたはずですが、この時点ではまだタッチ決済が可能だとは知りませんでした。

中央ソフィア市場ホールを探していましたが、到着したのはなぜかその先にあるWomen’s market。中央市場の建物はトラムを見たその角のブロックにあったのですが、人口の少ない街では出入りする人が少なく見過ごすことがままあって、印象的な大きな建物なのにそれとわからず、通行中の現地人に「market?」と言われて教わったままに来てしまったのでした。

ブルガリアは蜂蜜やジャムが名産で、つまりは果物も豊富なのでしょう。ただ支払いは現金のみ。いくら見てもしょうがないので戻ることにしました。

見る限りでは、1kgあたり130-260円程度で本当に安い。ブルガリアは、交通費を含め物価が安かったのが良かった点です。

「中にも入って」と言われたけど、現金がなかったのでこれ1枚きりしか撮りませんでしたが、ブルガリア陶器のトロヤン焼きの土鍋が素敵。今は物を増やさないと決めているので買いませんでしたが、名残惜しい。画像でチェックすると45-55BGN(4,000‐4,800円)ぐらいだけど、観光客向けの価格だろうから値引きも可能だったかも。

セルディカ駅北側のメイン通りっぽいPirotska(ピロツカ)通りを歩きます。街並みは素敵だけど、首都というには地味。スーパーはBILLAが一軒あるだけ。ブラチスラバとザグレブで利用したことがあるけど、オーストリア発祥のスーパーみたい。

セルディカ駅を抜けて駅南側まで戻ってきました。聖ネデリャ広場の正面に建つのが国立教会歴史考古学博物館。ソフィア大学の神学部なども入っているようです。

その手前に建つのがセルディカ遺跡から緑のドームが見えていると書いた聖ネデリャ教会。1925年4月14日、ブルガリアの国会議員でもある将軍が暗殺され、その2日後の葬儀において共産党員によって爆破され聖堂が倒壊、大臣ら150人以上が死亡500人が負傷したという事件があった教会です。

10世紀ごろに建てられたという大聖堂は、それまでも何度も修復されてきているのですが、私は内部の壁面にあるイコンの見学を楽しみにしていました。

到着してみると受付に観光客が行列していて、どうやら写真を撮るのに支払いが必要なようでした。残念ながら現金の持ち合わせがないので見るだけに留めましたが、内部はとても美しかったです。

(画像はGoogleMapからお借りしました)
ホテルへ戻る道にはなんとなく気になる門などもあって、知らなければ入れないような見どころもあったかと思います。

ちなみにここも中へ入ってみると素晴らしい中庭がありました。灯りがついている場所はどうやら聖Petka教会への入口。ソフィアにはこうしたわかりにくい場所に、あれこれ隠れていました。

機内で1-2時間程度仮眠したまま、夜になりました。食べ過ぎだったので、夜はワインを買って部屋で寛いで終わりです。翌日は必ずローカルメニューが食べたかったのでレストランを探しにひとりで散歩に出掛けました。

駅北側のピロツカ通りよりも賑わうVitosha Boulevard(ヴィトシャ大通り)をホテルから5分ほどの場所に見つけたので、以後はここを中心にレストランを探しました。

ちなみにスーパーもBILLAよりヴィトシャ大通りの近くにあるドイツに拠点のLidlのほうがローカルフードなどが見つけやすかったです。この日、調達したワインとビールはこちら。ワインは2本とも5.99BGN(544円)、ビール0.99BGN(90円)と安かったです。

夜になるとぐんと気温も下がり、20℃程度で過ごしやすかったです。ただ日没が20時半ごろだったので出歩くには遅く、夏の観光は思いのほか厳しいという印象です。