2025年(令和7年)8月7日(木)
今年の夏休みは5泊で東欧を回りました。前回はブルガリアの首都ソフィアで宿泊した5つ星ホテル、GRAND HOTEL SOFIAの朝食をご紹介しています。
2日目も気温は30度近くまで上がる予報。早めに始動したほうが良さそう。9時前にはホテルを出発します。ホテル裏手の公園からスタート。右の建物が宿泊中のホテルです。

同じ広場に面してIvan Vazov(イヴァン・ヴァゾフ)国立劇場の美しい建物が見られます。1907年、劇作家イヴァン・ヴァゾフによる公演で華々しくオープンしたものの、1923年に火災で焼失し、のちに再建されたものです。

白い柱と赤い壁のコントラストが映えるその外観。ちょうどテレビ局の人が写真を取りに来ていたので、同じ角度から撮ってみました。

すぐ先に、ソフィア王宮として知られる建物が見えてきました。オスマン帝国の支配から解放され、ソフィアが首都として選ばれた後の1879年に建てられています。王政が廃止され、今は国立美術館として使用されています。

国立美術館はロイヤルガーデンの一角にあり、庭園にはYordan Raditchkov(1929-2004年 ヨルダン ラディチコフ)の像が立っていました。ブルガリア人の作家、劇作家として高い評価を受けたラディチコフの作品は30以上の言語に翻訳され、2001年にはノーベル文学賞にもノミネートされています。

庭園周辺にあったこの銀行の建物に見られるように、明るい色調の素敵な建物が多かったです。

このあたりは庭園が連なっており、そこにいくつかの彫刻がありました。そのうちのひとつがこのサミュエル皇帝の盲目の兵士。いかにも苦しそうな作品だったので調べてみると、ブルガリア第一帝国の皇帝だったサミュエル(Samuel)は、在位中(997-1014年)ビザンチン帝国との戦いを繰り返していたのですが、相手国はブルガリア人捕虜15,000人を返すときに100人に1人の割合で片目を失明させたのだそうで、その哀しみを表しているのがこの像でした。

当のサミュエル皇帝の像は向かい側の庭園内にあったのですが、目力の強いすごく怖い表情なのです。でもそれは、隻眼で返された兵士たちに衝撃を受けてのもので、死因の心臓発作はそのためだったと伝えられています。

この庭園では絵画などを販売している人たちもいました。

そして公園の正面に建つのが、ソフィアのランドマークであるアレクサンドル・ネフスキー大聖堂。でもあれ?正面を遮る構造物があるけど・・・

大聖堂に向かって右側にチケットブースがありました。そう、出発前に観劇なども考えていたので調べたところ、前後にレ・ミゼラブルや第九のコンサートなどがありました。でも、ここで?

東京よりは涼しい28-30℃とはいえ猛暑の中、設営作業はのんびり進められているようでした。あまり多くの現場関係者がいる気配ではなかったかな。

大聖堂に向かって左側にはブルガリア総主教庁 聖シノドがあります。ブルガリア正教会の本拠地ですが、一般には公開されていません。

総主教庁の前には記念碑があり、1999年10月12日付でブルガリアとの国交回復40年を記念して桜を40本寄贈すると日本語で書かれていました。

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂は1904-12年に建設されたブルガリア正教会の総主教座大聖堂です。ブルガリア正教会はキリスト教ではありますが、同じ信仰を有しながらもギリシャ正教会やロシア正教会と同様に独立正教会。カトリックの総本山バチカンに対して、ここがブルガリア正教の総本山になります。実際に総主教が務めているのが、先に見たブルガリア総主教庁 聖シノドになるということなのかな。

金メッキされた聖堂のドームは45mあり、鐘楼を含めると50.52mの高さ。5,000人も収容できるという広さを誇っています。側面の扉が開いているので覗いてみましょう。

ここからは入れないようだけど、豪華な内部が見えます。早朝でなければ混んでいるという口コミも見たのですが、9時ではそこまで人は多くありません。というか、ソフィア全体でごった返しているような場所はありませんでした。

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂の広い敷地に面してNational Galleryがありました。美術館の多い場所です。

さて、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂の内部を見学しに行きましょう。各扉にはイコンが見られます。

よくよく禁止事項の絵を見てみると、写真禁止のようです。事前に調べた限りでは、初日に見た聖ネデリャ教会と同じように撮影料がかかると書かれていたようでしたが、支払う場所がわかりません。

関係者のように見える人もいたのですが、誰もが特に気にする様子もなく撮影していたので私も撮ってみました(違っていたらすみません)。照明設備はミュンヘンから取り寄せたものだそうですが、際立つ豪華さ。

前方で一部の人が熱心見ていたのは、ふたつの金の箱。ひとつはおそらく聖人のイコン、もうひとつは紋章のようなものだったのだけど、なんだろう。


いわゆる東側諸国は冷戦時代のソ連の支配下にあったと言いますが、他国と違いブルガリアはその成立の経緯から親ロシア感情が強いと言います。

というのも、オスマン帝国からの解放・独立を助けたのは、1878年露土戦争の勝者ロシアだったという恩義によるもので、この大聖堂もそのときのロシア兵士戦死者の慰霊のために建てられています。

ロシアのウクライナ侵攻に対してブルガリア政府は明確にウクライナ寄りの立場を取っていますが、国民感情としては中立たるべきという考えが大きいようです。

教会の出入口を振り返ってみました。パイプオルガンはなさそうです。そういえば聖ネデリャ教会にもなかったような。

ロシア兵士戦没者を讃える教会、EU路線に舵を切っている政府。なかなか難しいですね。なお、地下聖堂はブルガリアの聖人のイコン博物館があるようなのですが、まだ開いていませんでした。

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂の近くには、赤レンガが特徴の聖ソフィア教会があります。ソフィアでもっとも古い教会のひとつで6世紀の建築で、首都ソフィアの名前の由来となったと言われています。

この教会は4世紀の初期の教会の基礎の上に建てられたので、周囲や地下からその基礎やローマ時代の通りの遺跡や墓地など発掘されています。

教会内部を見ると、オスマン帝国の時代にはモスクに改造されていたため、側廊にもフレスコ画がないのかもしれません。

その側廊からは地下への階段がありました。遺跡の一部が見学できるのかもしれませんが公式HPを見る限りではわかりませんでした。

そして、内部は撮影に別料金が必要だったようです。男性が飛んできて猛烈に叱られましたが、画像を消すようにまでは言われませんでした(すみません・・・)。左下にカメラの絵がありますが、それかな。

教会のそばにはソフィアの無名戦士の記念碑と、それを見守るライオン像があります。

最後の見学場所は、近くの庭園内にある奇蹟者聖ニコライ聖堂。これもまた露土戦争でブルガリアがオスマン帝国から解放され、モスクを破壊した跡地に建てられています。

聖堂はロシア大使館の公式の教会、またブルガリア在住のロシア人のための教会として大使館の隣に建造され、通称「ソフィアのロシア教会」とも呼ばれています。
白と緑を基調とした外観に黄金の玉ねぎ屋根を持ち、華麗なデザインが特徴です。地下聖堂には2016年に列聖された聖大主教セラフィム(1881-1950)の不朽体が安置されており、多くの信者が祈りに訪れる荘厳な雰囲気が感じられるようです。ちょうどこのときはミサの最中で入れませんでした。ライトアップも美しいようですが、やはり夜の外出は控えました。

午前中でしたが徐々に気温が上昇してくるのが感じられ、たった1時間ほどの散策で切り上げて近くのスーパーを少し見てホテルへ戻りました。壁画は劇場の建物に描かれたもの。ソフィアには劇場や博物館などの施設が多くありました。

ソフィア滞在も翌日まで。本来、ブルガリアで必見と言えばリラの僧院です。でも、ツアー参加が必須なので(自力の場合バスが1日1便)、暑さも含め当日の天気が心配だったのとブルガリア通貨レフに換金したくなかったこと、そして内部が撮影禁止だということで見送りました。とはいえ、あと1日どう過ごそうかというほど余ってしまった時間と、半面出掛けられないほどの暑さ。これまで夏のヨーロッパでこんなに暑かった記憶がなかったので疲れましたが、ホテルの部屋が広かったのが救いでした。