英語も話せないし飛行機も苦手、それでも個人手配で海外旅行

交通費嫌い。飛行機は苦手だけどヨーロッパ大好き。空港ラウンジ目的でSFC修行済み。休暇の取れない勤め人。

【台湾】日本統治時代の街並みが残る大溪老街散策-建造物編

2025年(令和7年)11月2日(日)

 

来期以降はANAダイヤモンドの継続は目指さず、逆に乗れる限りは異なる航空会社のビジネスクラスを楽しむ予定。その手始めに話題の台湾スターラックス航空で台湾桃園空港へ飛びました。前回は桃園郊外にある清の時代や日本統治時代の街並みが残る大溪老街を歩き、食べ物のあれこれについて書きました。

fuwari-x.hatenablog.com

 

地元民の台所と観光客向けのお店が混在する大溪老街は、落ち着いた雰囲気。

 

プロムナードがあり、雨の日でも気にせず商売ができる造りです。

 

ポストがあるということはこの建物内に住居もあるのかしら。

 

さらに歩くと慈康陸橋へ到着しました。バスを降りたときに正面に見えていた建物なのですが、歩行者の安全のために造られた中国宮殿式建築の陸橋で、実際に今でも渡れるようです。

 

この先は大溪老街から外れてしまうので戻りましょう。10時過ぎという時間帯はまだまだ序盤。多くのお店は11時ごろから始動するのか、まだまだシャッターが閉まったままでした。

 

古い街並みの続く和平路を歩いて行くと、中ほどに1813年に建立された福仁宮があります。

 

台湾は95%が漢民族と言われていますが、唐の時代、客家、潮州、泉州を平定した当時の将軍 陳元光(チェン・ユアングァン)の廟です。武力ではなく教育、文化、農業などを取り入れて地域の発展に貢献したため「開章の聖王」と尊ばれ、信仰の中心地となっています。

 

屋根で覆われており、全天候型。換気扇が備わっているところが興味深い。

 

美しく清掃されており、トイレをお借りするならここが安心かと(不信心な情報ですみません 汗)

 

さらに先にある普済堂は1902年創建の宗教施設で、関聖帝(関雲昌)、福佑不滅の祖先(呂東賓)、九天思明(張軍)の三恩人を祀ってあると書かれているのですが、調べても誰だかさっぱりわからない。さらにわからないのが、クリスマスも祝うそうんだよ、ここは。

 

建物の向かいは大漢溪を見下ろすテラスのようになっていて、ここの前にお供えをずらりと並べる式典もあるようなのだけど。

 

ピンクの耳の獅子が鎮座していたわ。首に掛かっているのは紐をお通した銅銭かな。お金持ちになれるとかがあれば、どこかが撫でられまくって金ピカに光っているだろうけどそうでもなさそう。

 

大漢溪へ下りる階段もありますが、ここから下るのは止めて先へ進みます。見えている橋は桃園中心部からのバスで通過した橋。

 

その橋と並行して歩行者用の吊り橋、大溪橋が架かっています。ここは一応、観光名所のひとつ。

 

エレベーターがあるのでここから降りましょう。

 

ガラス張りのエレベーターから眺めると、案外人が歩いているのが見えます。

 

1934年に竹籠と石を積んで作られた当時は、大溪住人が外部と交流できる主要な交通要衝でしたが、日本の統治時代に吊り橋に架け替えられ、現在と近い形になりました。

 

そのうち両側に自動車道が交通上の重要性を徐々に失い、2001年歩行者用道路として生まれ変わるべく着工されました。レリーフなどで飾られ、凝った造りです。

 

橋の上からは上流にある全長776mのアーチ橋、崁津大橋が見えます。

 

ドームを備えたバロック式の造りで、休日には大道芸人のパフォーマンスも見られるということだったのですが、まだ時間が早かったのでしょう。

 

階段で戻ることもできましたが、やっぱりエレベーターのほうが楽。

 

しかし・・・階段下の地図を眺めてみるとどう考えても左右逆なんだよなぁ。大溪老街が左岸に描かれているのだけど、そうするとこの地図の下が北になっちゃう。

 

同じ位置の実際の地図を180度回転させると上記に合うのですが、たとえば上流を上に描くなどのローカルルールがあるのかな。

 

エレベーターで戻ると大溪中正公園が散策でき、日本時代の大溪相撲場が残されています。

 

公園内にあるスターバックスも渋い。

 

隣には、蒋介石の騎馬像がある広場が続きます。

 

台湾は信仰心が高い国でありながら多様性に富み、仏教と道教で30%超ずつ、その他、原住民の伝統信仰やキリスト教など宗教施設も多く点在しています。これは公開されていない黄氏家廟ですが、「廟」と名が付くのは道教の宗教施設で、先の福仁宮陳元光の廟でした。また仏教と道教を同時に信仰している人も多いのだそうです。

 

キリスト教信者も4%ほど。狭い範囲に多くの宗教施設がありました。

 

日本統治時代の施設は、積極的に復元を試みているそうです。これは2025年に復元されたばかりの大渓国小日式宿舎

 

こちらも同じく小学校校長の宿舎だった建物で、この地に根付く木工芸の紹介などに利用されているようです。

 

またローカルでディープな市場近辺へ戻り、そろそろ帰ることにします。

 

バス停はWACOALの看板が見えるその下。

 

直通バスとなる501番は1-2時間に1本しかないのでチェックが必要です。途中乗り換えるルートもいくつかあるのですが、時間は倍以上かかります。

 

台湾のバスは、目当てのバスを見つけたら手を挙げるなどの意思表示が必要です。

 

帰りのバスはいわゆる路線バス仕様。清潔な車内です。空席が常に保たれている程度にしか乗客は乗っていません。まだまだローカルな観光地なのでしょう。

 

2時間半ほどの散策でしたが、食事をしなければそれなりに回れるでしょう。私が泊まった高鐵桃園駅周辺は新しく開発した場所で、アウトレット以外楽しめる場所もなかったので、少し足を延ばしてみてよかったと思います。もちろん台北駅も近いので、都会を楽しむのが王道とは思いますが、悪くないエクスカーションでした。

続く 【台湾】高鐵桃園駅アウトレットモール「Gloria Outlet」/お土産編

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