2023年(令和5年)12月30日(土)
年末年始、ルクセンブルクを皮切りにヨーロッパ10日間の旅行です。前回はルクセンブルクで滞在した「City Hotel」の話を書きました。シャンパンがあれば、もう満足よ(笑
残念ながら、今回の旅はすべてが曇天。小雨そぼ降る中を歩くことも多々ありました。圧倒的な晴れ女の娘がいないと、私たちの力はこんなものかとがっくり。
正直なところ、前にも訪れるのを端折ったぐらいルクセンブルクには目ぼしい観光地がありません。だから、ベルギーやフランス、ドイツといったあたりから通過点としてちょろっと日帰り観光するぐらいの位置付けです。ましてや日の出が8時半で雨模様となれば出発も自ずから遅くなるもの。7時半から朝食をとりながら出発したのは9時半。
まずは、ホテル近くのスーパーから。マヨネーズが好きなわけではない(むしろ子どものころは苦手だった)のに、なぜか海外へ行くとほしくなる。物価は今回の訪問先ではスペインが一番安そうなので一応チェックのみ。
もう一軒のスーパーは野菜が充実していました。種類も豊富。でも、ヨーロッパで食事をしていて、多彩な野菜を感じることがないのはなぜだろうといつも思います。
果物も豊富。この時期に様々な種類が並んでいるところにも驚き。
中でも目を惹いたのが南国フルーツ。パイナップルは王道としても、チェリモヤとかマンゴスチン、ドラゴンフルーツまであるってどうよ。果物好きの国民かしら。
世界遺産の旧市街へは、前日と違うアドルフ橋を通って渡る予定です。なぜって地図に名前が載っていたから。とにかくこれといって見どころがない国なのよ(笑
格別大きい家はないものの、全体的に富裕層が多い地域だったかと思います。大きな家が多く、でも車はコンパクトでした。いや、そう見えるだけなのかな。
アドルフ橋の傍にはそれっぽい建物が道を挟んで立っています。モニュメントもあって、それなりの建物かと思ったのだけど銀行みたい。左側が国立銀行で右側がSpuerkeess銀行。土曜日なので人の出入りもなし。
ルクセンブルクの歴史はそれなりに古く、963年にアルデンヌ家ジークフロイト伯爵(Sigefroid 読み方は様々)がこの地に築城したことから始まりました。14-15世紀には分家のルクセンブルク家から神聖ローマ皇帝やボヘミア王も輩出する上級貴族でしたが、跡取りに恵まれず断絶し、以来オーストリア、スペイン、ドイツなどの支配を受け、その土地はフランス領やオランダ領に組み込まれたり分割されたりを繰り返し、現在の小国になってしまいました。でもおかげで公用語が3つの言語(ルクセンブルク語・フランス語・ドイツ語)。国民こぞってトリリンガルって、いかにもスキルが高そうだよね。
ルクセンブルク中央駅から2方向に延びるトラムのひとつがここを通ります。利便性が高くないのが不評らしいのだけど、旧市街の東端に駅があるので、徒歩15分かけて戻るよりも乗る方が便利。帰りに利用します。
アドルフ橋は前日渡ったLa Passerelleよりも東側に位置しています。1900年代初期に建てられた石造りの美しいアーチ型の橋でルクセンブルクの象徴です。
この橋からも高低差がわかると思います。一段高いところが旧市街で、3階建て分ほど低いところにも家が建ち並んでいます。
おや。向こうの方には畑があるみたい。貸し農場かな。
憲法広場に近い展望台からアドルフ橋を振り返ると、さきほどの銀行が見えます。20世紀初頭から王家は積極的に外資を誘致していますが、現在も企業への税負担を低く抑え、大規模な外国資本を呼び込むことに成功しています。
前日のダルム広場(Place d'Armes=アルム広場)の隣のPlace Guillaume II(ギヨーム2世広場)でマーケットが開かれていました。ここはクリスマス限定ではなさそう。広場の名前となっているギヨーム2世(オランダ語ではWillemウィレム)はネーデルランド国王です。ルクセンブルク家の断絶後はハプスブルク家に承継され、オーストリアやスペインの支配を受けます。フランス革命後はナポレオンの統治下にも入り、ウィーン会議でオランダ国王を大公とするルクセンブルク大公国となりました。再三併合分割された領土は、フランスとプロイセン(現ドイツ)の緩衝地帯という役目を担い、永世中立国だった時期もあります。ヒトラーの時代はもちろん支配下に置かれていました。ヨーロッパは複雑です。
多くの人がここで野菜を買い求めていました。アーティーチョーク9.8EUR(1,570円)、ブロッコリー6.5EUR(1,050円)、concombre gros(巨大キュウリ?)2.4EUR(390円)など、かなりお高い。これが物価の差ということなのか。
こちらは香辛料。
生のお肉なんかもあるのよ。ほとんどのお店がこうしたコンテナ。
こちらはマリネされたオリーブなどのお店でした。
フェタチーズを使ったものが多かったかな。
思わず買ってしまったのがオリーブとチーズのマリネ。
各地で目を惹いたのがこちら。さて、なんでしょう。
鶏の丸焼き。丸ままグリルされているの。車にその装置があるのも驚き出し、これだけの需要があることにも驚き。
しかも、すぐ近くにも同じく鶏の丸焼きの車が停まっていました。ルクセンブルク人、そんなに丸焼き好きなんかい?
1羽13.9EUR(2,230円)、3羽38EUR(6,100円)・・・って、そんなに買うんかい。でもいかにも美味しそう。このあとルクセンブルク唯一の観光地、ボックの砲台へ行ったあとに寄ると、半身で買っている人がいて、食べられそうな分量だったのでこれがランチになってしまった私たちです(笑
そしてもうひとつのお供が惣菜系のタルト。サーモン、ほうれん草、ベーコン、あとひとつなんだったかな。各2.1EUR(340円)
でもその前に、とにかくまずはボックの砲台へ向かいます。途中の聖ミカエル教会に立ち寄り。ジークフロイト伯爵がルクセンブルクで居城を築いたのはここらあたりらしい。
観光客は多いのですが、全体数はそう多くありません。人が出入りしていて観光地と気づくというパターンを逃すと、なかなか見るところがないので行ってみる。
いや、教会は決して観光地ではないのだけどね。前日のノートルダム大聖堂に比べると質素だけど日常に信者が訪れている雰囲気のある教会。
大聖堂と教会の違いは「司教座の有無」ということは、前回のノートルダム大聖堂のときに調べたとおり。でも司教座ってどれかわからん・・・と引き続き調べてみると「司教座聖堂」という言葉もあって、要は主要な都市に置かれた教会には司教が務めており、その教会を司教座聖堂や大聖堂などという、ということでいいんだろうか。
国内外で観光するたび、もう少し歴史や宗教を知りたいなぁと思う。でも知識がゼロ過ぎて遠いわ。記憶力に難ありを自覚しているのに、一夜漬けがやたら得意だった学生時代がほんともったいない。
この夜、1度目のハプニングがあるのですが、その前に唯一の観光地「ボックの砲台」へ参ります。