2026年(令和8年)1月1日(土)
今回で最後にする予定の長距離路線、思い切ってピラミッドを見に行こうと決心し、年末年始の旅行を計画しました。決して訪れるはずのなかったアフリカ大陸でピラミッドを見たあと、乗り継ぎしやすいアテネでアクロポリスも見ようと立ち寄っています。前回は最後の訪問国となるドイツ、世界遺産に登録されているニュルンベルクの旧市街散策について書いています。
あいにく元日で中には入れませんが、ニュルンベルク城までやって来ました。ニュルンベルク城は、正式には皇帝が居住する城、カイザーブルク(Kaiserburg)と、城を管理する城伯の城、ブルクグラーフェンブルク(Burggrafenburg)のふたつで構成されていて、この画像でざっくり分けると円筒塔Sinwellturm(ジンウェル塔)より左がカイザーブルク、右がブルクグラーフェンブルクです。

お城の右側の坂を上っていきます。建物の両脇には見張り塔があり、右がTurm Luginsland(トゥルム・ルギンスラント)、左にFünfeckturm(フュエンフェックトゥルム)という名前がついています。

中央の石造りの建物は1495年に建築家Hans Beheim(ハンス・ベーハイム)によって建てられた穀物倉庫で、1階が帝国厩舎として使用されていたため、倉庫とも厩舎とも紹介されています。現在はユースホステルとして営業中です。

左側のFünfeckturm(フュエンフェックトゥルム)は五角塔という意味で、こちらから見るとわからないのですが、反対側の面が少し欠けて五角形になっています。外付けの木造階段が渋いわ。

帝国厩舎は下に見えるお堀の一部を埋め立てて造られています。わずかに積雪が残る寒い元日。ツアーの場合は、ニュルンベルク城のすぐ裏までバスで来られるようでした。

アーチ状の門をくぐって先へ進みます。城内へ入れているようで、建物と壁のあいだを通過しているだけ。

城内Mapによると⑮の帝国厩舎から、⑬のそばを通過しています。

そこはニュルンベルク旧市街をの望める展望台。近代的なテレビ塔や工場の煙に違和感を覚えます。

どこだかわからない場所をなんとなく歩いてしまったのですが、いつの間にか展望台から城内中庭に入っていて、真ん中にはTiefer Brunnen im Brunnenhaus(井戸小屋と深井戸)、左にはHeidenturm(異教徒の塔)などがありました。

こちらのヴェストナー門(Vestnertor)も、旧市街を通らず城内に入れる門と紹介されているのですが、GoogleMapの表示が少ないニュルンベルクでは、航空写真と照らし合わせても自分が通った道がわかりませんでした。

ましてや直後に見かけたこの橋は城内Map北側の⑰に向かっており、どこをどう歩けばここに到着するのか、今になって狐につままれたような気がしています。開城時はいくつかの建物を組み合わせて4-10EURで見学できるほか、 郊外にあるカードルツブルク城(Cadolzburg Castle)と併せたコンビチケット(16EUR)があります。中でもジンウェル塔は木製螺旋階段が美しく、旧市街も見渡せるので上りたかったです。

おそらく旧市街の外をぐるりと回り、⑲から再び旧市街へ入ります。

門をくぐるとこちらにも廊下を備えた城壁が見えています。

今は道路などで分断され1周はしていないとしても、そこそこ歩けるはず。どこが公開されているかわからないけど、名残惜しいわ。

城壁に沿って建つこの建物は、クリスマスの時期だけアドベントハウスに変身します。カラフルなクリスマスモチーフの窓が可愛い。でも、肝心なのはモミの木に隠れている角にある聖ゲオルグ(Heiligen Georg)像なのだけど、ピンポイントで見えないorz

この広場には中世から残る井戸があります。ニュルンベルク城内にも井戸はありましたが、こちらは要塞内が長期の包囲戦に耐える際に住民に供給する貴重な水源だったのではないでしょうか。

この広場にはルネサンス期の芸術家アルブレヒト・デューラー(1471-1528 Albrecht Dürer)の家もありましたが、私はこの人物を知らないので見過ごしています。坂を下ると像もありました。wikiの自画像はなかなかのイケメン。

ペグニッツ橋まで戻ってきました。橋のそばにある雄牛の門(Ochsenportal)は、中世の肉市場の入口だった場所です。

ペグニッツ川にはいくつもの橋が架かっていますが、雄牛の門の先にあるフライッシュ橋(Fleischbrücke)から見える中州はRomantische Insel(ロマンチック島)などと名付けられています。

午後遅くにも通ったのですが、ロマンチック島の反対側に屋根のついた木製の橋がありました。この橋はなんと死刑執行人の小橋(Henkersteg/ヘンカーシュテーク)と名付けられています。

木製のこの橋は真ん中に塔を挟んで石橋に繋がっており、真ん中の塔が死刑執行人の家(Henkerhaus)、石橋が死刑執行人の橋(Henkerbrücke)と言い、Henker(ヘンカ―)=死刑執行人の意味です。死刑執行人は中世で世間から忌避される職業だったので、住居も川の上に設けられていたというわけ。

橋を渡った先に繋がるのは給水塔(Wasserturm)、手前はかつて帝国のワイン倉庫(Weinstadel)だった建物で、ドイツ最大級の木骨造りの家屋のひとつと言われています。

私が立っているのはニュルンベルク最古の石橋Maxbrücke(マックス橋)の上。死刑執行人の橋の反対側には、ドイツ最古の鎖橋Kettensteg(ケッテンシュテーク)が架かっています。

でもその鎖橋には向かわず死刑執行人の小橋へ行き、元いたマックス橋を撮ってみました。どの橋も個性的で美しい。

反対側はKarlsbücke(カレル橋)。両側の建物の雰囲気も素敵です。

カレル橋へ移動し、死刑執行人の橋や給水塔を眺めます。晴れていればもっとフォトジェニックな場所だったことでしょう。

15時半を過ぎるころから、徐々に街に灯りが点り始めています。


ニュルンベルク市庁舎と隣り合う聖セバルドゥス教会も夕刻の装い。

ペグニッツ川を渡り、そろそろホテルへ戻りましょう。Spitalbrücke(シュピタル橋/病院橋)からは午前中に見たのとは逆の方角から精霊病院が見られます。

同じ島の中に建つのは1323年に要塞の一部として建てられたこの塔で、のちに借金を返済できない債務者を収容する監獄となったため、債務塔(罪の塔/Schuldturm)と呼ばれています。付属する建物は家を半分に割ったような形でビアレストランとして人気を集めています。

最後に渡る橋はHeubrücke。

ペグニッツ川の中洲の島に建つこの建物も、Heilig-Geist-Spitalの歴史を見る限り、同じ精霊病院の一部なのかなという感じがします。ただこちらは居住区のようです。

ぐるりとミュージアム橋へまわり、精霊病院を見治めます。

灯りが点る精霊病院はぐんと雰囲気が増してきています。夜になるとまた違った印象になることでしょう。やはりここはニュルンベルクを代表するフォトスポット。

わずかに残るクリスマスマーケットの屋台が、数日前までの賑わいを連想させてくれました。

さすがドイツ。今も残っているのはいずれもウィンナーやグリューワインの屋台でした。

さて。暖かかったカイロ、過ごしやすかったアテネから、極寒のドイツへ移ってきた私たち。あまりの環境の変化に縮み上がっていたのと、元日に開いているレストランを探す気力もなくホテルへ戻ります。

駅コンビニが開いているのを見つけたのでパンを調達し、部屋で食べることになったのですが、めちゃ侘しい画像が残っています。

コンビニでもそこそこの種類がありますが、そうはいってもパンだけ。

余計に寒くなりそうなお粗末さ。左からGeflügelrolle mit Käse(鶏肉チーズロール) 2.9EUR(560円)、ほうれん草のフェタチーズが入ったBörekstange Spinat 2.1EUR(400円)、Apfelecke(アップルパイ) 2.1EUR(400円)でしたが、改めて円換算すると高いなぁ。

他のお店でワインも見つけたので、とにかく部屋に籠りたかったというのが本音でしたが、寒さにやられたままの残り日数は、なかなか過酷でした。さらに一変する翌朝。次も世界遺産の旧市街を歩きます。